10月
17

論理エンジンは塾だけでなく、大人になってからも役立つ

塾で多く活用されている論理エンジンですが、この論理エンジンの考え方って、中学や高校、大学の受験だけではなく、大学生の論文やレポート、社会人になってからは社内の会議資料の作成や営業する時に大いに役立ってくるとは思いませんか?

多くの塾で論理エンジンが利用されていることの理由は、ズバリ成績が上がるからですよね。
でも、論理エンジンはそれだけに役立てるのはもったいない代物です。
ものの考え方がしっかりとしてくるので、自分の意見をしっかりと筋立てて説明できるし、相手に分かるように伝えることが出来る。
これは会話をしていく上で当たり前のことですが、最近の学生の中には、それが出来ず、授業で討論をしようとしても、なかなかそれが成り立たないことが見受けられるそうです。
しかも、有名大学で。

私が常々思っていることの一つに、「勉強が出来る」ということと、「頭が良い」ということとはまったく別物ではないか?ということがあります。
私自身四年制大学を出ていますが、社会人になって務めてみて思ったことは「私って頭悪い~。・゚゚・(>_<;)・゚゚・。」です。
仕事のレクチャー受けても、なかなか覚えられないし、応用が利かない。
高卒で働いている兄弟の方がよっぽど仕事が出来ているように思います。

大切なのは、教えてもらったことをどのように自分の頭の中で理解し、応用して活かすかということではないでしょうか。

論理エンジンを知っていたならば、おそらく私はもっと会社に貢献できる社会人になっていたことでしょうね。
ああ、もったいない。

9月
19

塾が取り入れたがる論理エンジンの父

塾の講師をとりこにしてしまうようなカリスマ講師出口汪さんってどういった方なのでしょう。
前のお話よりももう少し掘り下げてみますね。

彼は関西学院大学文学部日本文学科卒業後、同大学の大学院日本文学科博士課程修了 しています。
どういったものを研究していたのでしょうね。彼の学生時代の論文がすっごく読んでみたいです(^u^)

大学院時代に始めた予備校の講師のアルバイトをすることをきっかけにして、教職に対しての意欲が目覚めマス。
それからは、有名な学校での講師や、塾講師、ラジオのパーソナリティーなど、教職としての分野を大きく広げていきます。

現在は塾の講師や各地での公演、執筆に忙しい毎日を送っていらっしゃる模様。

大学入試の現代文の解き方を基本に、小さくは小学生から果ては社会人にまで対応できるような日本語の文章を読み解く学習方法を彼オリジナルにシステム化している「論理エンジン」を考えだし、その普及に努めているそうです。

彼は1955年生まれです。
教職に目覚めたのは、おそらくは二十歳を過ぎてからでしょう。
論理エンジンが確立してからそれほど多くの年月を経ずしてこの考え方が日本中に広まるということは、すごいことだとは思いませんか?
確かに私が受験生の頃には論理エンジンの「ろ」の字も知りませんでしたよ。
それなのに、この広まり様、それだけ論理エンジンを習得することによって得るものは大きいということではないでしょうか。
塾が取り入れたがるのも無理ないですよね。

しかも、彼は、出口王仁三郎さんの曾孫なんだそうです。
血筋のせいか、彼の『カン』は非常に良く当たるそうですよ。

7月
25

論理エンジンと塾

またまたインターネットで論理エンジンについて検索してみて見つけたのですが、論理エンジンを利用している学校があるのだそうです (°θ°;) ナニー

どことか言うのは間違っていても困るし、差し控えますが、〇〇学園とか私立校で、

「わが校はこれを売りにしてますよ~」
てきな所に、論理エンジン導入していますと記載されています。
やるなー。
学校でさえそういう風に導入しているのだから、国語を塾で教えていく際に、多く論理エンジンが導入されていることは決して驚くことではないのかもしれませんね。

特に多く用いているのが進学塾ですねそれも難関校を目指すような有名な塾です。
中学受験の国語を教えていくツールとして論理エンジンを用いることが塾にとって強みであり、売りであるようで、論理エンジンを用いている塾はどの塾もそれをホームページなどで大きくうたっています。

しかし、前回言っているように、論理エンジンについて正しく理解していないと、その効果は半減してしまいます。
極端な話、塾へは通わずに、論理エンジンのテキストを家庭で勉強しているだけの方が塾へ通う時間を勉強時間に回せて時間を有効に使えるというものです。

逆にいえば、論理エンジンをマスターしてしまうと、「向かうところ敵なし!」と言った感じになるのではないでしょうか。
塾で論理エンジンを学びたいという人にとって大切なのは、その塾の塾講師が論理エンジンをいかに完璧にマスターしているかということではないでしょうか。